大阪丹後人会とは

東の渋沢、西の松本。と比肩される松本重太郎氏が丹後出身の仲間と語らって会を創立し、初代会長を務めた大阪丹後人会も、創立110周年を迎えることになりました。
NHKでも「われ、晩節を汚さず」と藤山直美共演で放送されましたが、本でも”気張る男”と城山三郎先生の筆で出版されています。丹後出身の傑出した偉人です。私共、来阪の頃は中之島に銅像が建っていて、あこがれの目で見上げていました。
郷土人会は、故郷を想い、後輩諸氏の発展を願い、また、仲間と語らう安らぎの場でもあったでしょう。 以来、戦争で中断もありましたが、戦後昭和23年頃から復活の機運が盛り上がり、昭和34年には60周年記念事業として、文殊知恩院に高麗狗(狛犬)の奉納をしています。
立派な方々が歴代会長を務められ、会員160名。多額の基金を有し、年1回の総会。及び、「サロン・ド・クウ」。ゴルフ同好会。囲碁同好会。旅行を楽しむ会。などを随時開催して、会員相互の親睦をはかり、また故郷との交流をはかっています。
先輩の皆さんのお気持ちを伝えて行く立場にある我々としては、110周年を記念して会員の増強に取り組み、丹後人会の繁栄につなげたく存じます。ご理解を賜り、一緒に話し合って参りませんか。お知恵とお力をお貸しください。
『歴史』
永年に亘る期間幾多の変遷もあり、特に第二次世界大戦中は会員の離散等により、会合も一壮絶状態のやむなき時代もありましたが、戦後、有志各位の熱心なるご努力により、昭和25年に再開の運びとなり総会は丹後で開催した。(バスを貸し切り丹後半島を回遊し、総会会場は宮津で開催し、郷土の市町長および、舞鶴、宮津の商工会議所会頭を招待したい旨を諮ったところ、出席会員諸氏のご賛同を得て総会を開催した。(当時の大林組相談役・白杉嘉明三氏、川崎重工社長・砂野仁氏)
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